大判例

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青森地方裁判所八戸支部 昭和29年(ヲ)71号 判決 1956年4月30日

債権者 国

債務者 沢井敬次郎 外三五名

事実

債権者指定代理人は「当裁判所が債権者債務者等間の昭和二十九年(ヨ)第八三号仮処分命令申請事件につき同年九月十五日なした仮処分決定はこれを認可する。訴訟費用は債務者等の負担とする」との判決を求め、その理由として別

事実

昭和二十七年(ネ)第三一六号事件控訴人同年(ネ)第三一七号事件被控訴人第一審原告(以下単に第一審原告と称する)は第三一六号事件につき原判決中「被告は原告上田種市に対し別紙目録記載の不動産を明渡せよ」との部分を除き左の通り変更する。

第三一六号事件被控訴人第三一七号事件控訴人第一審被告(以下単に第一審被告と称す)は第一審原告に対し(イ)金五万三千六百十円七十四銭(ロ)金一千七百七十八円十三銭と之に対する昭和二十六年十二月一日から完済に至るまで年五分の割合に依る金員(原判決認定通りに減縮する)及金十一万六千七百六十九円四十八銭(内金十一万一千四百七十五円三十銭につき請求を拡張する)及(ハ)金九千円と之に対する昭和二十四年十二月一日から完済に至るまで年五分の割合に依る金員を支払え訴訟費用は第一審第二審共第一審被告の負担とするとの判決を(第三一七号事件につき控訴棄却の判決を求め)第一審被告代理人は第三一六号事件につき主文第一項同旨並第一審原告の請求拡張部分を棄却するとの判決を、第三一七号事件につき原判決中第一審被告勝訴部分を除き之を取消す、第一審原告の請求を棄却する訴訟費用は第一審第二審共第一審原告の負担とするとの判決を求めた。

第三一六号第三一七号事件につき第一審原告は請求原因として、

(一)  第一審原告は別紙目録記載の農地の所有者であるところ、右農地に付昭和二十年一月二十三日第一審被告との間に同原告が召集解除になれば必要の時は何時でも返還するものとし、仮りに召集解除にならなくとも、自己の弟妹が農業に従事することができるようになるので、賃貸期間を一応五ケ年(昭和二十四年稲作収穫後まで)とし、小作料を一年につき反当米一石三斗麦八斗(履行期は毎年十二月末日とする)と定めて一時賃貸借契約を締結し、之を右被告に引渡した。その後同年八月終戦によつて、第一審原告は召集解除により復員したので右一時賃貸の事由も消滅し且第一審被告は次に述べる通り小作料を滞納したほか、同二十四年中に期限が到来する等正当事由があるので、右原告は同二十四年五月十二日右被告に対する賃貸借契約を解約するにつき当時施行の農地調整法(昭和二十二年法律第二四〇号)第九条第三項、同法附則第六条に基き徳島県知事に対し許可申請を為した上同被告に対しては同年九月十日書留内容証明郵便を以て同年十月三十日限り賃貸借解約の申入並該農地返還の催告を発し其の頃之を同被告に到達せしめた。これに対し同被告は何等の異議を述べないから右農地の返還を承認しているものである。

然るところ徳島県知事は右解約許可申請に対して不許可処分をなしたので右原告は之を不服として右県知事を相手に徳島地方裁判所昭和二十四年(行)第五六号事件として右不許可処分取消請求の訴を提起し、原告勝訴の判決を得たのであるが更に右県知事から控訴したので高松高等裁判所昭和二十五年(ネ)第二〇七号土地賃貸借返還不許可処分取消控訴事件に於いて結局昭和二十六年六月三十日控訴棄却の判決が確定した。そこで右県知事は同年七月十八日附を以て同二十四年五月十二日附申請の農地賃貸借解約の許可処分をしたのである。従つて右原告のした解約の意思表示は少くとも昭和二十四年十一月末稲作収穫後においてその効力を生じ本件賃貸借契約は消滅したので同被告は右原告に対し本件農地を明渡す義務がある。

(二)  次に第一審被告は右賃貸以来現在に至るまで所約の小作料を支払わない。

(1)  そこで昭和二十年度分の契約小作料の内麦については一部刈分けした爾余の分として一石八斗四升八合に対し履行不能による昭和三十年度生産玄麦(三等)の価格金一万二十五円四十銭(六十瓩につき金二千百七十円の一斗当換算金五百四十円五十銭)及米四石四斗六升八合に対し履行不能による同年度産玄米(三等)の価格金四万三千五百八十五円三十四銭(六十瓩につき三千九百二円の一斗当換算金九百七十五円五十銭)の損害賠償支払義台高等裁判所に訴訟係属中である。(同庁昭和二十八年(ネ)第三五一号)従つて本件仮処分事件は右本案裁判所たる仙台高等裁判所に専属し右同支部にはその管轄権がなく、同支部のなした本件仮処分決定はこの点においてその取消を免れない。(なお本件仮処分命令はその形式内容に徴し急迫の場合として民事訴訟法第七百六十一条に基きなされたものでないことは明かである。)

二、被保全請求権が存在しない。

本件土地はもと海浜地帯で国の所有に属したことは多く争わないが、公用地又は公共用地ではなく所謂普通財産に該当し、債務者等が昭和二十七年六月六日までの内に所有の意思を以つて過去二十年以上前から平穏且公然に独占使用して来ていて既に時効によりその所有権を取得し、債権者に於ては本件土地に対し何等の権利も有しない。このことは既に前記本案訴訟(本件土地所有権確認訴訟)の第一審において原告(債務者)の右主張が認容され原告勝訴の判決が言渡された事実並に債務者等と訴外伊保内三郎他百二十八名との間の仙台高等裁判所昭和二十八年(ネ)第四一〇号本件土地使用妨害排除の仮処分異議事件につき昭和二十九年七月二十八日右訴外者等の本件土地は公共用物であり、訴外者等は債務者等と共に平等の使用権ありとの主張が全面的に排斥され債務者等勝訴の判決言渡あり、該判決が確定した事実により明かである。

三、本件仮処分はその必要性もまた存在しない。

イ  本件土地の如き生産上重要な土地に対し債務者等を含む何人に対しても立入を禁止しこれが使用を不可能ならしめるが如き本件仮処分は国家経済上の一大損失であつて国本来の使命に反し、不当も甚だしい。

ロ  本件仮処分命令の内容を検するに本件土地を何人に幾何使用させるかにつき裁判所をして最後の決定権を握らしめる趣旨であるが斯くの如きは明かに行政的、政治的裁量であつて弊害が予想され、且本件土地の実情を知らぬ裁判所がかゝる権限を行使することは極めて困難でもある。すなわち本件仮処分は何等その必要なきにかゝわらず敢えて政治的解決を策するものであつて不当といわなければならない。

ハ  更に債権者は本件土地が公共用地であると称しつゝ本件においてこれを裁判所の許可を得て特定人に使用せしめる趣旨の仮処分命令を求むるも、不定多数人の自由な使用を前提とする公共用地につきかような仮処分命令を求むるは甚しく自家撞着であり、本件仮処分はこの点においても取消を免れない。

と述べた。<疎明省略>

理由

債権者が別紙目録記載の土地につき債務者等を相手方として当庁にその主張の如き仮処分を申請し昭和二十九年九月十五日債権者主張の如き仮処分決定が為されたことは記録上明かである。

一、そこで先ず債務者等の管轄権不存在に関する主張につき按ずるに本件仮処分命令後昭和二十九年十月二十二日債権者より債務者等を相手方として本件土地明渡等請求の訴が当庁に提起せられ現に当庁に係属中であることは当裁判所に顕著な事実であり、右訴訟は本件仮処分の本案と目すべきであるから本件は民事訴訟法第七百五十七条の規定により当裁判所の管轄に属すること論を俊たない。債務者等のこの点に関する主張は採用できない。

二、次に成立に争のない甲第一号証及び甲第九号証並に乙第一号証を綜合すると本件土地は旧八戸市街地から現八戸市大字鮫町に通ずる県道の北方に隣接する同市大字白銀町字州賀端六十四番一号乃至四号地元であつて昭和二十八年六月二日午後八時十五分の満潮時頃においては浪打際まで同所西方部分の北端からは約三百尺余、同所東方部分の北端からは約百尺の各間隔を置いて位置する約四千九百七坪の砂地であつて(その後大なる変化はない)従来公共物と指定された事蹟はないが国有地として形式上国の管理下にあつたことが一応認められる。

然るに債務者は右土地を二十年以上引続き所有の意思を以つて平穏且公然に占有し、昭和二十七年六月六日時効完成によりその所有権を取得したと称して債権者と抗争し、且実力により一般公衆の利用を排して該地上に建物を建築し或は土盛工事を施し、該地を独占せんとして附近漁民との間に物議を醸すつゝあることは当事者間に争がない。

そこでまず債権者が債務者の前記時効取得により本件土地の所有権を喪失したかどうかにつき按ずるに、

抑々海浜地はその形態上所謂自然公物として自然の状態において一般公衆の自由に使用しうべき状況にあり且実質的にも一般公衆が自由に使用している以上該海浜が寄洲その他自然の力により海岸線に多少の変化を生じた場合と雖もこれを行政財産(公共用地)と認めるべきであつて特に公共物としての指定がないからといつて現行国有財産法上直ちに普通財産と言いうるものではない。

従つて斯様な海浜地に対してはその性格上原則として私権設定の対象たり得ず、従つてまた民法取得時効に関する規定適用の余地がないものといわなければならない。

飜つて本件土地につき考うるに前記成立に争のない甲第一乃至第三、第九号証と乙第六号証に証人関川惣右ヱ門同松谷兼太郎の各証言を綜合すれば、本件土地の北部はもと汀であり、附近の陸地が年々増大する為にその海岸線が漸次北に伸びて前記現況に至つたものであるが昭和二十年頃には本件土地の北部は所謂汀であり、附近一帯は所謂海浜地であつて附近の漁民等が本件土地を船揚場若くは海産物の干場等として債務者等と同様に使用していた事実が一応認められる。

(右認定を覆えし本件土地が少くも二十年以前に於てすでに海浜地たるの実を喪い爾来債務者等のみが同地を排他的独占的に占有して来たとの点については債務者等の挙ぐる全資料を以てするもこれを疎明するに足らない。)

果して然らば本件土地は少くも昭和二十年頃以前においてはなお公共用物たる海浜地としての性格を有していたものであつて当時においては同地は時効取得の対象たりえず従つて債務者等は昭和二十七年頃においては未だ二十年の占有による時効取得するには至つていないと断ぜざるをえない。

(尤も成立に争のない乙第一乃至第三号証によれば債務者主張の如く債務者等(原告)から債権者(被告)に対する当庁昭和二十七年(ワ)第九十二号本件土地所有権確認訴訟事件に於て債務者等(原告)勝訴の判決がなされていること並びに債務者等と訴外伊保内三郎他百二十八名との間の仙台高等裁判所昭和二十八年(ネ)第四一〇号本件土地使用妨害排除の仮処分異議申立控訴事件に於て同裁判所より債務者等勝訴の判決がなされそのまゝ確定に至つたことが夫々認められる。

然れども前掲土地所有権確認訴訟は現在仙台高等裁判所に係属中であつて未だ確定するに至つていないから当裁判所は法律上前記第一審の判決の判断事項に何等の拘束を受くべきものでないことは勿論殊に右一審判決中前記認定に反する部分は当裁判所の採らざるところである。

また後者は、右訴外伊保内三郎他百二十八名が債務者等に対し本件土地の使用妨害排除請求権を被保全権利として争つた仮処分事案であつて本件当事者間に既判力を生ずるものでもないしまた債務者が本件土地を排他的独占的に占有して来た事実の疎明資料としては前掲諸般の証拠に対比しいまだ充分といゝ得ない。)然らば債務者等が本件土地の所有権を時効により取得し債権者はその所有権を有しない旨の債務者の主張は失当といわなければならない。

三、然るに前掲甲第五乃至第八号証並に乙第二・六号証並に弁論の全趣旨を綜合すれば債務者が本件土地の所有権者なりとして一般漁民等の利用を排除し或いは債務者等の一部には右地上に建物を建設する者さえ現われその為に地元漁民との間に不隠な空気を醸し出されて居りこの尽に放置するならば仮りに債権者の債務者等に対する本件の土地明渡請求の本案訴訟に於て勝訴の判決を得たとしてもその実効を期し難いおそれある事情が一応推測される。右認定を覆すに足る資料はない。

この点に関し(一)債務者は本件土地に対し仮処分により一般の立入を禁示するが如きは国家経済上の損失であつてその必要がないとか(二)公共用物に右の如き仮処分を為すは自家撞着であると批難攻撃するけれども、前認定の如く公共用物である本件土地につき債務者等がその実力により一般の使用を排し債務者等のみが独占的に使用しその明渡を困難ならしめる虞れある以上その明渡請求権を保全する必要あるこというまでもなく、債務者の右主張の如きは之を顧みて他をいうの類にして採用の限りではない。

四、然れども本件仮処分たる本件土地の性格に鑑み厳に右明渡請求権保全の必要の限るべく、もとよりそれ以上に出づるを要しない。この点において当裁判所がさきに為した仮処分決定は些かその範囲を逸脱した憾みなしとしない。すなわち債権者の本件申請は右範囲内においてその理由があるからこれに相応するよう右仮処分決定を変更することゝし、(保証を立てさせることは相当でない)申立費用の負担については民事訴訟法第九十二条、右決定取消変更の部分につき仮執行の宣言については同法第七百五十六条の二を適用し主文の通り判決する。

(裁判官 工藤健作 清野辰雄 右川亮平)

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